中国は1911年辛亥革命によって清王朝が倒れ、有史以来5000年の封建に終止符が打たれた。しかし世界列強の干渉と内部崩壊により、半植民地的な30年を経て、1945年第2次対戦の終熄により勝利国として中国国民党政府のもとに平和と発展に進むかと思われたが、対外戦争のため合作していた共産党軍が東北地区に蜂起し、以来4年間にわたる内戦の末、1949年10月、共産党による中華人民共和国が成立した。
5000年の封建と儒教思想の尾を引きながらの尖鋭な左翼政治の実行は、試行錯誤の繰り返しによる暗中模索のうちに、ただ混乱を深めるばかりであった。すなわち、建国と同時にソビエトと結んだ条約の影響により1950年6月から2年に及ぶ朝鮮戦争。大躍進政策の権力闘争。うち続く大飢饉。中ソ条約によるソビエトの経済援助に名を借りたソビエト化。更には66年から76年までの10年に及ぶ絶望的な文化大革命。開放と調整を繰り返す経済政策に対する諸外国の不信。中堅幹部の国際性の欠如。総平均生活による国民の無気力。まことに自由国家に住む者の理解に苦しむことの連続であった。
長期間にわたる経済統計資料が皆無の国で、社会主義的計画経済の運営はきわめて難しいことに気付いたとき、まず人民公社の廃止によって農業請負制を実施して農業開放による食糧増産に成功した。さらに本年(1988年)の全国人民代表大会(国会)において、かねて近代化のガンといわれていた年長長老者の引退に成功し、"中国特別的経済"を推進することになった。言いかえれば、資本主義形態の経済運営に移行することで、社会主義イデオロギーの後退である。
東洋最大の国家中国には、あらゆる資源と11億の人口のエネルギーがある。近代技術と技能者が育ったときのこの国は、新しい世界の主導的役割を果たすことになろう。
10年の交流をもつ老朋友として、こよなく親しみを覚える隣国が、平和で自由な国として発展することを願うや切なるものがある。
1988年7月
北條 義則
(初代社長)





